こんにちは、佐伯リノです。
日々、目の前の業務に追われ、神経をすり減らすほど必死に働いている先生方。本当にお疲れ様です。やってもやっても終わらない仕事に、心が折れそうになる夜もありますよね。今日は、私がまだ若かった頃の「苦い記憶」と、園長になった今だからこそ気づいた「指導のあり方」についてお話しします。
■キャパオーバーの時に受けた、厳しい叱責
随分昔のことですが、当時の私は毎日が必死でした。どれだけ頑張っても業務が終わらず、心身ともに余裕がなくなっていた時期のことです。ある時、上司から非常に厳しい口調で叱られました。普段の私は比較的メンタルが強く、自分の至らなさを指摘されれば「次はこうしよう」と前向きに反省できるタイプです。でもその時は違いました。張り詰めていた糸がプツンと切れたように、いっぱいいっぱいだった感情が溢れ出し、涙が止まらなくなってしまったのです。
■「自分の正義」が、誰かを追い詰めていないか
今、私は園長という立場で、職員を教育する側になりました。時には、つい気持ちが入りすぎて、強い口調になってしまうことがあります。それは「園を良くしたい」「子どものためにこうあるべき」という、私の中の「正義」を貫こうとするあまりの言葉です。でも、ふと昔の自分の涙を思い出した時、ハッとしたのです。相手にも今の状況があり、今のメンタルがあります。いくら正しい正義を振りかざしても、伝え方一つで、相手をただ傷つけるだけの刃(やいば)になってしまうことがあるのだと、強く感じました。
■「感情」ではなく「事象」に光を当てる
役職者は、決して感情に流されてはいけない。最近、私は自分自身にそう言い聞かせています。「指導=厳しく言うこと」と思われがちですが、本当に大切なのはそこではありません。起きてしまった「事象」に対して、何が問題で、どう改善すべきなのか。感情のフィルターを通さず、事実に向き合って対話をすること。それが、本当の意味での「指導」なのだと身をもって再確認しました。最後に、現場で頑張るリーダーの皆さんへ職員への教育、あるいは上司からの言葉に悩んでいる方、そんな経験はありませんか?私自身、先日ふと思い出したこの記憶を、これからの自分への戒めにしたいと思っています。相手の心に届く言葉は、トゲのある言葉ではなく、誠実に向き合おうとする静かな言葉なのかもしれません。
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