こんにちは、佐伯リノです。
どこの園でも起こり得る、人間関係のトラブル。数年前、私の園である「事件」が起きました。それは、保育士としての責任感、そして信頼関係を根底から揺るがす出来事でした。
■ 曖昧な報告と、消えた「真実」
その日、担任が事務作業のために現場を抜け、代わりに先輩フリー保育士がクラスに入っていました。その最中、子どもが転倒して怪我をしてしまったのです。後ほど、担任から怪我の報告を受けましたが、どうも状況がはっきりしません。彼女は責任感が強く、一生懸命説明しようとするのですが、実際にその場にいたわけではないので、詳細が分かるはずもありません。一方で、実際に保育に入っていた先輩フリー保育士からの報告は一切ありませんでした。違和感を覚えた私は、先輩フリー保育士に問いかけました。しかし、返ってきたのは意外な言葉でした。「担任から報告してもらった方がいいと思って……」
■「自分のせいにされる」納得できない涙
私は担任のことが心配になり、電話をかけました。すると、彼女はポツリポツリと、今まで溜め込んでいた思いを口にしました。「自分は見ていなかったのに、自分のせいにされた。納得がいきません」「何もしていないのに、どうやって報告書を書けばいいのか分からない……」先輩フリー保育士から「報告書を書くように」と指示され、彼女は追い詰められていました。事実をねじ曲げられ、責任を押し付けられる。このままでは、彼女が築いてきた保育への情熱も、園への信頼も、全て崩れてしまう——。私は彼女に「どうしたい?」と聞きました。彼女の答えは「自分の思いを伝えます」でした。
■三人での面談。「代わり」なんて言葉は、保育にはない
私と担任、そして先輩フリー保育士。三人でミーティングを行いました。私は先輩フリー保育士に問いました。「担任の代わりに保育に入ったのなら、あなたが責任を持つのが普通ではないの?」先輩フリー保育士は言いました。「私は代わりに入っただけだから」その一言に、私は、保育に対する向き合い方に強い憤りを感じました。「保育に『代わり』なんてありません。代わりだろうと何だろうと、その時間はあなたが命を預かっている。責任を持って丁寧に見てほしい」怪我をゼロにすることは不可能です。私が責めているのは怪我そのものではなく、その後の「逃げ」の姿勢と、誠実ではない対応でした。
■正義感と、園長としての葛藤
担任は、正直な思いを全て話してくれました。もしあの時、彼女が思いを吐き出せなかったら、心に深い傷を負ったまま、いつか園を去っていたかもしれません。事実をねじ曲げられることが、私は何より許せません。日々一生懸命やっている職員が正当に認められ、我慢しなくていい職場でありたい。「少し大人げなかったかな」「熱くなりすぎたかな」と自問自答することもあります。でも、今も二人が一緒に働いてくれている姿を見ると、あの時逃げずにぶつかって良かったのだと信じています。皆さんの現場では、こうした「真実」が隠されてしまうことはありませんか?私はこれからも、職員が安心して、誠実に働ける環境を全力で守り抜きたいと思います。
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