こんにちは、佐伯リノです。
私は園長として全体の管理を見つつ、現場の細かな管理やまとめ役は、信頼する主任に一任しています。私自身、複数の園を掛け持ちしていることもあり、現場のリーダーが主体的に動いてくれることは本当にありがたく、日々の頑張りにはいつも感謝しています。しかし最近、日々の業務のスピード感や便利さの裏側で、「本当に大切なこと」が少しこぼれ落ちてしまっているのではないか、とモヤモヤ悩む出来事がありました。
■ AIで効率化した「議事録」の目的はどこにある?
最近はテクノロジーが発達し、当園でも音声から文字起こしをして議事録を作成するような、効率的な仕組みが進んでいます。それ自体は素晴らしいことです。しかし先日、作成された議事録を見て、少し残念に思うことがありました。自動で起こされた文章が、読む相手に伝わるものになっているか、会議に出られなかった職員が読んでもちゃんと内容を理解できるものになっているか、という「最後の確認」や「相手への想像力」が抜け落ちていたのです。議事録を作る目的は、単に「文字を記録に残すこと」ではありません。「会議の内容を正確に共有し、次の保育に活かすため」です。テクノロジーで作業がラクになったからこそ、その先にある「相手に届けるためのひと手間を怠ってはいけないのだと痛感しました。
■ 備品を買い直す前に、立ち止まる
また別の日、備品の購入申請(承認依頼)が私の元に届きました。見ると、なんと「昨年買ったばかりのもの」です。「壊れてしまったので、また買いたいです」と、悪気なく簡単に言われてしまいました。園の備品は、みんなで大切に使うもの。もしリーダーである主任に「モノを大切にする意識」が欠けてしまっていたら、それは必ず現場の職員たちにも伝染し、園全体の扱いが雑になっていってしまいます。壊れたから買い直せばいい、ではないはずです。「なぜ1年で壊れてしまったのか」「どうすれば長く大切に使えるか」を現場のトップが背中で示していくことこそが、豊かな保育環境を作る土台になるのではないでしょうか。
■ 「いちいち言わなきゃダメ?」というモヤモヤの処理
こうしたことが重なると、正直に言って心がげんなりしてしまう瞬間もあります。「こんなことまで、いちいち私が口を出して言わなくちゃいけないのかな?」と、寂しく、やるせない気持ちになることもあります。日々の業務に追われるあまり、一番大切にしなければいけない「丁寧さ」や「相手を思いやる心」が、どこかおざなりになっているような気がしてならないのです。でも、このモヤモヤをただ自分の心に閉じ込めて諦めてしまっては、園の成長は止まってしまいます。「口うるさいかな」と思われても、なぜ議事録が必要なのか、なぜ一つのモノを大切にしなければいけないのか、その「仕事の本質(なぜそれを行うのか)」を、根気強く言葉にして伝えていくことが、やはり私の役割なのだと思い直しています。
■最後に
便利なツールが増え、業務がどれだけ効率化されても、保育の現場に流れる「人の温かさ」や「モノを慈しむ心」といった大切な部分は、絶対にデジタルには置き換わりません。忙しい毎日だからこそ、私たちは「何のために」「何を大切にして」動いているのか。時々立ち止まって、職員みんなでその手触りを確かめ合えるような園でありたいと思っています。皆様の園では、日々の忙しさの中で、こぼれ落ちそうになっている大切な「基本」はありませんか?
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